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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2406号 判決 1983年3月30日

控訴人 塚田富士夫

<ほか二名>

右三名訴訟代理人弁護士 平賀睦夫

渡邉務

被控訴人 株式会社 滝沢工務店

右代表者代表取締役 滝沢光夫

右訴訟代理人弁護士 飛田政雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は、控訴人塚田富士夫に対して金二六九万八二〇五円、控訴人塚田千代、同塚田幸二郎に対して各金五〇万円及び右各金員に対する昭和五五年三月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人らのその余の各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを六分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

この判決の主文第二項は、控訴人塚田富士夫が金一〇〇万円の担保を供して、控訴人塚田千代、同塚田幸二郎が担保を供しないで、仮に執行することができる。

事実

控訴人ら訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人塚田富士夫に対し金一二三〇万二七〇五円、控訴人塚田千代に対し金五〇九万六四〇〇円、控訴人塚田幸二郎に対し金四八九万六〇〇〇円及び右各金員に対する昭和五五年三月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、《中略》、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

被控訴人が土木建築請負等を業とする株式会社であり、埼玉県八潮市大字新町八五番地の一に作業所を所有していたこと、昭和五五年三月二日午前一〇時五八分ころ右作業所一階から出火し、隣接する控訴人富士夫所有の倉庫兼住宅に延焼したこと、本件火災の原因は、被控訴人の従業員である訴外金森京が作業所の外でドラム缶に入れたおが屑を焼却していたところ、火の着いたおが屑が風に飛ばされて作業所内に入り、屋内の木屑等の可燃物に引火したことにあることは、いずれも当事者間に争いがない。

《証拠省略》によると、次のとおり認めることができる。

出火当時の気象状況は快晴、北の風秒速一〇メートル、気温(摂氏)一〇度、湿度三五パーセントであった。金森は午前八時ころ作業所に出勤し、他の従業員は別の工事現場に出かけていて不在であったのでひとりで作業所すなわち一棟延五八五・七五平方メートルの作業場兼倉庫併用共同住宅となっている建物(以下「本件火元建物」という。)で片付け作業を開始し、本件火元建物の北側シャッターから北方へ八ないし九メートル離れた位置にあって、幅約一・五メートルの水路にかけられた橋の上に、上部天蓋部分を取り去り下部側面に数個の空気取入孔を開けた焼却用ドラム缶を置き、作業所から一輪車で運び出したおが屑をドラム缶の中に詰めて点火し、焼却作業をはじめた。一時間ないし一時間半の間に二、三回ドラム缶の上からおが屑をつぎ足して焼却を続けたが、その間本件火元建物北側シャッター二枚のうち向かって右側の一枚は閉じて、左側の一枚は下から一〇センチメートルくらい開けてあった。燃却作業中ドラム缶から火の粉が風に煽られて飛び散ったが、金森は大事に至るとは考えなかった。午前九時半ころドラム缶の中の燃焼がやや下火になったところで、金森は、右左側シャッターの下の約一〇センチメートルの空間に、そこから火の粉が屋内に入るのを妨げるつもりで、ベニヤ板を挾み込んでからは、ドラム缶のそばを離れ、東方やや離れた場所にある倉庫の中で別の作業に移った。午前一一時頃本件火元建物の隣接建物で、控訴人富士夫の所有にかかる倉庫兼住宅一棟延三一四・四六平方メートル(以下「本件類焼建物」という。)の二階台所にいた控訴人千代が本件火元建物内の作業場で火災が発生しているのを発見したが、時既に遅く、右火災は、本件火元建物を全焼した上本件類焼建物に延焼して二階住居部分全部と一階倉庫部分の一部合計一二〇平方メートルを焼失させるとともに、二階住居部分にあった控訴人らの家財道具等動産類の全損をもたらした。

このように認めることができ、《証拠省略》中、金森がドラム缶のそばを離れて倉庫内の作業に移るころにはドラム缶から火の粉は出なくなっていたとの部分及びドラム缶から出る火の粉はほとんど道路側(水路の北側、すなわち本件火元建物のシャッターとはドラム缶を挾んで反対側)へ飛んでいたとの部分は、右認定事実に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで考えるに、前認定の気象状況にみるように当日は春先乾燥期の風の強い日であるのに、木屑・おが屑等着火し易い物を内蔵した本件火元建物を一〇メートル以内の風下に控えた場所で、火の粉となって風に煽られ易いおが屑をドラム缶で焼却することが極めて危険であることは、通常人の注意力をもってしてたやすく思い到るところであるから、このような場合には右のような焼却作業を断念するか、敢えて実施するときは、火の粉の行方を厳重に監視し、本件火元建物作業場入口のシャッターを完全に閉鎖する等万全の措置を講ずべきであるにもかかわらず、金森は、これらの注意義務を怠たり漫然と焼却作業を開始し、右シャッター下部が一〇センチメートルほど開いているところから風上約一〇メートル先では右ドラム缶から火の粉が飛び散るのをまのあたりに見ながら大事なしと軽信して作業を続け、しかも右シャッター下部開口部にベニヤ板を当てがった程度で、まだ右ドラム缶内が燃焼中であるのに右ドラム缶のそばを離れて監視を疎かにし、よって本件火災を招いたものというべきであるから、金森における右の注意義務懈怠は重大な過失に当たるものといわなければならない。

したがって、金森の右重失火は被控訴人の被用者としてその業務に従事中に生じたものであることが明らかであるから、被控訴人は、金森の使用者として、本件火災により控訴人らが被った損害を賠償する責に任じなければならない。

そこで、控訴人らの被むった損害について検討するに、《証拠省略》によると、控訴人富士夫は、本件類焼建物の焼失部分を復元するために金一九二四万三〇五円の出捐を余儀なくされたことが認められ、火災保険金として一六七四万二一〇〇円及び被控訴人から賠償金として三〇万円を受領したことは同控訴人の自認するところであるから、その差額二一九万八二〇五円を控訴人富士夫がその所有する本件建物について受けた損害の額であると認めることができる。次に控訴人らの被むった動産焼失による損害については、《証拠省略》によっては、焼失した控訴人ら所有の動産類の現価を認定するに十分でなく、他にこれを認めるに足りる証拠がないから、動産焼失による物的損害の請求部分はいずれも認容することができない。しかし、控訴人らがそれぞれその居住家屋を焼かれた上、各所有動産を失い、その中には客観的な交換価値以上の由来や愛着のあったものも存したであろうことは経験則上首肯できるから、控訴人らは、本件火災によって被むった精神的苦痛の賠償を被控訴人に対して請求することができるというべきであり、その金額は、諸般の事情を総合して控訴人各人につき金五〇万円をもって相当と認める。

そうすると、控訴人らの被控訴人に対する請求は、控訴人富士夫において金二六九万八二〇五円、控訴人千代、同幸二郎において各金五〇万円と、右各金員に対する本件不法行為の日以後である昭和五五年三月三日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを正当として認容し、その余の請求はいずれも理由がないから、これを失当として棄却すべきである。

よって、右と趣旨を異にする原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 高橋欣一 菅英昇)

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